研究紹介

アトピー性皮膚炎

アトピー性皮膚炎の病態解明と
皮膚の恒常性の解明

炎症性サイトカインであるオンコスタチンM(OSM)は胚発生や造血、炎症や中枢神経系発生に重要なサイトカインです。OSMの皮膚における役割はほとんど分かっていませんが、アトピー性皮膚炎の皮疹部では発現が増加しています。私たちはOSMが角化細胞や脊髄後根神経節(dorsal root ganglion : DRG)細胞に及ぼす影響を解析し、アトピー性皮膚炎の病態を明らかにしようとしています。アトピー性皮膚炎の皮膚では、フィラグリンをはじめとする角層を構成するタンパクの異常により皮膚バリア機能が障害され、表皮では皮膚炎の特徴である海綿状態が起こっています。また、皮膚内の神経線維は伸長し太くなっており、この神経線維の変化がアトピー性皮膚炎特有の知覚異常(痒み過敏)に関与していると考えられています。これまでの私たちの研究で、OSMが表皮角化細胞に作用すると、フィラグリンの発現とデスモゾーム構成タンパクの発現が低下することが明らかになりました。これはアトピー性皮膚炎の病態におけるバリア機能の低下と海面状態の形成を説明するかもしれません。またOSMがDRG細胞に作用すると、神経線維を伸長することが明らかになりました。これはアトピー性皮膚炎の神経線維の変化を説明するかもしれません。
私たちはOSMが皮膚において炎症の惹起と抑制の両方に働いていると考えています。OSMが皮膚を構成する各細胞に及ぼす影響について検討し、皮膚が恒常性を保っているメカニズムとそれが破綻した状態であるアトピー性皮膚炎の病態の解明を目指しています。

OSMがアトピー性皮膚炎の痒みに及ぼす影響

痒みメカニズム

サイトカインが知覚異常に
及ぼす影響の解明

痒みは皮膚疾患に広く共通する不快な症状です。痒みは、マスト細胞からのヒスタミンに加え、表皮角化細胞が産生するセロトニン、インターロイキン、Thymic Stromal Lymphopoietin(TSLP)などが皮膚のC線維神経終末を刺激し、後根神経節(DRG:dorsal root ganglion)を介して脊髄後角から中枢神経系にシグナルが伝わり、脳で痒みとして認識されます。しかし、生物が痒みを感じる具体的な機序についてはまだまだ不明な点が多く、臨床の現場では痒みで困っている人がたくさんいます。
これまでに私たちはいくつかのサイトカインが、DRG細胞や表皮角化細胞における別のサイトカインの受容体の発現を調整し、反応性に影響を及ぼしていることを見出しました。これらの事象は皮膚のサイトカイン環境によって、痒みや知覚に対する感受性が変化する可能性を示唆しています。
私たちはDRG細胞と表皮角化細胞の相互作用に注目しつつ、サイトカインによる皮膚知覚の変化を明らかにすることによって、様々な皮膚疾患でみられる痒みと知覚異常の謎を解明しようとしています。

マウスDRG細胞

マウスの耳介の神経

皮膚再生医療

間葉系幹細胞を用いた
難治性皮膚潰瘍治療法の開発

通常、皮膚潰瘍は時間と共に上皮化し治癒します(創傷治癒)。しかし、内的または外的な要因によって、創傷治癒が遅延して潰瘍が拡大することがあります。このような難治性皮膚潰瘍を来す原因として、末梢神経障害(糖尿病など)、虚血(動脈硬化性疾患など)、静脈灌流異常(下肢静脈瘤など)、血管炎、細菌・真菌感染、遺伝的要因(先天性表皮水疱症)などがあります。
間葉系幹細胞は自己複製能と分化能を持つ多能性細胞で、免疫調節作用や組織修復作用を有することが知られています。私たちは間葉系幹細胞に着目し、難治性皮膚潰瘍に対する新しい治療法の開発を目指しています。現在は、熱傷モデルマウスを用いて間葉系幹細胞がどのような機序で皮膚の組織修復機構に働いているのかを解析しています。さらに2021年からは「難治性皮膚潰瘍患者を対象とした骨髄間葉系幹細胞療法の安全性に関する第1相臨床研究」を開始しました。

ヒト角化細胞を用いた3D皮膚

汗による皮膚アレルギー疾患の
病態形成機序の解析

ヒトの汗は体温調整に不可欠ですが、アトピー性皮膚炎やコリン性蕁麻疹などの皮膚アレルギー疾患では、汗が症状を誘発・悪化させることも知られています。しかし、汗がどのように作用して症状の出現に寄与するかの詳細は分かっていません。私たちの教室では、汗に含まれる抗原や炎症性物質、汗腺細胞の起炎症性機能に着目して、皮膚アレルギー疾患の病態形成における汗の役割について研究を進めています。

汗アレルギーの病態解析と
検査法の開発

アトピー性皮膚炎やコリン性蕁麻疹の患者さんは、汗に対するI型アレルギー(汗アレルギー)を有します。アレルギーの原因と考えられる汗中の抗原は長い間不明でしたが、私たちの教室で大量の汗を分析した結果、皮膚常在真菌のマラセチアが産生するMGL_1304蛋白であることが分かりました。しかしながら、汗抗原(MGL_1304)が皮膚に浸透して症状を惹起する機序や、同じ汗アレルギーにも関わらずアトピー性皮膚炎とコリン性蕁麻疹で誘発される症状が異なる理由は、依然として不明のままです。現在、私たちは遺伝子組換えMGL_1304・MGL_1304特異的認識抗体・動物モデルを用いて、汗アレルギーの機序を解析しています。また、この汗抗原を用いた汗アレルギーの検査は、専門的施設でしか実施できないため、簡便で広く普及することができる汗アレルギーの検査法の開発にも取り組んでいます。

汗腺が介在する起炎症性反応の解析

汗には水分と電解質以外に、様々な起炎症性物質やサイトカインが含まれています。しかし、これらの成分が皮膚のどの部分で産生されるのか、どのような皮膚疾患で産生が亢進・抑制されるのか、そして汗の中に含まれる意義は何なのか、などの詳細はわかっていません。現在、私たちはマウスの皮膚から採取した汗腺細胞を培養する実験系や、動物にサイトカインを投与することによる汗腺の変化を解析することで、汗腺における起炎症性物質の産生機序やその作用の解析に取り組んでいます。本研究により、汗腺の体温調整器官としての役割の他に、炎症反応を媒介する器官としての役割が明らかになることが期待されます。

ヒト汗腺(分泌部)

ヒト汗腺上皮蛋白

Yanagida et al. J Dermatol, 2022.

生物学と数理学の統合的手法
による蕁麻疹病態の解析

蕁麻疹は、赤みを伴う皮膚の膨らみ(膨疹)が数時間から半日で出没する疾患です。膨疹の模様は単一ではなく、円型、環状、花びら状のものなどがあります。このような膨疹は、皮膚マスト細胞から遊離されたヒスタミンにより形成されますが、マスト細胞がヒスタミンを遊離する活性化機序や、多様な膨疹の模様が形成される仕組みは分かっていません。そこで、私たちの教室では、血液凝固系に着目したマスト細胞活性化の機序の解析や、皮膚に生じる蕁麻疹皮疹の模様の数理学的解析により、蕁麻疹病態を明らかにしようとしています。

血液凝固系による
マスト細胞活性化機序の解析

近年、私たちの教室では、蕁麻疹患者さんの血液で凝固能(固まりやすさ)が亢進していることを明らかにし、血液凝固の異常が蕁麻疹病態に関連することを提唱してきました。生体内の血液凝固は緻密に制御されており、組織因子(TF)により凝固因子が活性化されることで生じます。私たちは、活性化凝固因子が血管内皮細胞に作用すると血管透過性が亢進することや、活性化凝固因子が補体の活性化を介してマスト細胞の脱顆粒を生じることを報告してきました。現在は、患者血液中の凝固分子マーカーの解析の他、血管内皮細胞株でのTF発現モデルやレポーターマウスを用いることにより凝固補体系とマスト細胞活性化の時間的空間的解析を行っています。本研究は、血液凝固因子や補体を標的にした新しい蕁麻疹治療薬の開発につながることが期待されます。

蕁麻疹模様の数理モデル駆動的解析

私たちは、蕁麻疹で生じる多様な皮疹の模様を数学的手法を用いてモデル化しています(蕁麻疹数理モデル、詳細はこちらをご覧ください)。蕁麻疹皮疹の模様は病型や個々の患者さんにより、形や大きさの異なる皮疹を形成しますが、その多様な形態の形成機序は不明です。本研究では、患者さんで観察された皮疹データを数学的手法を用いて解析し、皮疹の模様とその変化を再現する数理モデルの構築に取り組んでいます。また、本モデルから予測される分子病態を実験的に実証して、これまで知られていなかった蕁麻疹病態の解析にも役立てています。将来的には、蕁麻疹数理モデルにおける患者さん毎のパラメータと薬剤有効性データを関連づけ、患者さんの発疹画像から治療の有効性や予後を予測できるようになることを目指しています。

いろいろな蕁麻疹皮疹

均一な皮疹

花冠状皮疹

蕁麻疹皮疹を表す拡散方程式

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